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「あ、さうだ。お茶、お茶。おい、お茶を出してくれ」
「あの人はつまりこんな風な人なんだわ。こんな風に――」
「大きいかね」
その時、ふいに或る戸口から一人のひよろ長い男が、一度敷居につまづいてそのはずみで飛び出した工合に、明い路上に出て来た。帯がほどけてる、と見えたが、さうではなかつた。あんまり着物の前がはだかつて、したがつて腰から後裾にかけて長く引きずつたやうになつていたせいだらう。
房一は大きくうなづいて見せた。もう獲物は大分前からとまつていた。
熱心になっていた「な」の字さんは多少失望したらしい顔をした。
「おーい、火事はどこい行つたあ」こんな風に、口々に喚いていた。
わたしが若いときに箱根に滞在していると、両隣ともに東京の下町の家族づれで、ほとんど毎日のように色々の物をくれるので、頗すこぶる有難迷惑に感じたことがある。交際好きの人になると、自分の両隣ばかりでなく、他の座敷の客といつの間にか懇意になって、そことも交際しているのがある。温泉場で懇意になったのが縁となって、帰京の後にも交際をつづけ、果はては縁組みをして親類になったなどというのもある。
「ね、どこも悪くない。だが、その丈夫な身体の中に虫が巣をつくつとる。いゝかね、心臓病とか腎臓病とかいふやうなものではない。虫を駆除する、つまり身体から出してしまへばあんたの身体はもと通りぴんぴんして来る。悪い虫だが、とつてしまへばよいのだから、他の病気よりは性質はいゝと云ふことになる。――判つたかね」
やゝあつて徳次が訊いた。
「さうか、惜しかつたな」
気がつくと、房一はさつきよりもぽつと明い、青味を帯びた中を走つていた。いつのまにか月が出たのだ。鉄橋を渡つて、町の中に入つた。月明りはこの人気の少い町一杯に輝いて、うるんで、物の形を一様な柔い調子の中でくつきりさせていた。
疲労したあまり不機嫌になつた大石練吉は、手荒く疳性かんしやうに衣裳をくるくると巻きながらいつもよりも激しくその切れ目をぱちぱちさせて云つた。