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「いや、そんなこたあ、――そんなこたあしませんよ」
「先代がぽつくり死にましてね。おかげでこんな所へ引つこむやうになつてしまつたんですが」
男は力なげに口をあけていた。
「それあ、あんた」
「さうです、一寸」
「何でも大分前からこゝの御隠居にかけ合つていたさうぢやありませんか」
夏蚕なつごで下葉からもぎとられて行つた桑は、今頭の方だけに汚ならしい葉をのこして、全体に透きながら間の抜けた形で風にゆらいでいた。その間を房一の乗つた真新しい自転車のハンドルがきらきら日に光つた。
二人は間近かで眩まぶしげに眺め合つた。そのまますれちがつて、二三間行きすぎた頃、房一が見送り気味にふりかへるのと、相手が車の上から首をねぢ向けるのと同時だつた。そのはずみに男はひよいと地上に降り立つた。
「ねえ、高間さん。まあ、こつちへお寄んなさい」
「はゝ、知つているな。よし、よし何もいやしない」
房一の態度が穏かだつたので、相手はいくらか落ちついた。
その一揃ひの紙衣裳を見て、道平はまじめに感心した。
――「それでは、わしの方からお礼を云はなきあならんのです。どうぞ、よろしく願ひますわ」